■ 四月じゃなくてもバカはバカ ■
それは、俺がまだ小学生だった頃。桜のつぼみが花開き始める、そんな季節だった。
いつも遊んでいた櫂が突然言った。
「俺、三和のことが好きなんだ」
「は?」
そう言った櫂の思いつめた表情を冷静に観察できるほど、そのときの俺には余裕が無かった。
「あー、分かったエイプリルフールだろ。つくならもっとマシな嘘つけよ!」
その日の日付は四月一日で、誰がどんな嘘を仕掛けてくるか分からなかったから警戒していたのだ。
でもまさか、
(ほんとだったらいいのに)
そんな言葉を聞くかもしれないとはさすがに予想しなくて。
テンパって笑い飛ばした俺に、櫂はこわばった声でこう続けた。
「…俺、明日引っ越すんだ。だから、もう会えなくなる」
「まーたそんな…」
こちらを見る櫂の、怒りと悲しみのこもる鋭い目つきに、ゾッとするような感覚が背筋を走る。
とんでもない勘違いをしたことに、やっと気づいた。
(…櫂がそんなイベントに参加するわけねーだろ!)
「…嘘…だよな?」
かわいた笑いを貼り付けたまま、なおも未練がましくそんな言葉がこぼれたけれど。
「…そう思いたいなら、そう思ってろよ」
その冷たい響きに、そんな儚すぎる希望は無残に打ち砕かれる。
「じゃあな」
くるりと背を向けて走り出した櫂を、俺は追えなかった。
突き刺さった視線が、傷ついた声が、拒絶する背中が、痛くて、痛すぎて。
動けなかった。
どんなに苦しくても、きっとあのとき、追いかけなければいけなかったのに。
「………俺も…好きだよ、櫂…!」
とり残されて、ぐちゃぐちゃに泣きながら呟いた言葉は、遅すぎて、どこにも届きはしなかった。
あれで終わるのいくらなんでも鬱すぎると思って考えた続き。
■ 続・四月じゃなくてもバカはバカ ■
そんな最悪の別れのあと、本当に引っ越してしまった櫂と連絡を取ることもなく、呆れるほど穏やかに月日は流れて、あれから四度目の四月一日を迎えた。
櫂がいなくなった空白を空白にさえ感じない、それくらいにこの日常に慣れてしまっていたけれど。
「嘘みたいだよなぁ…」
呟いてみても、それはいつかと同じように、誰にも届かない。
ほんとうにバカだと、ひとつため息をついた。
櫂と再会したのは、そのたった数日後、高校の入学式でのことだった。
「…櫂」
呆然と呟いた声に、櫂がこちらを振り向く。
「…三和」
俺と同じように目を見張った櫂の表情を、今度こそ間違えないようにしようと、必死で目を凝らす。
少なくとも怒りも、恨みも、そこには浮かんでいなかった。
「ひ、…久しぶり」
「ああ…」
そう言ってふい、と顔をそらした櫂に、今度こそ俺は食らいついた。
「あんときはごめん!その…悪かった、疑ったりして」
「…別に…」
「いやだって!俺、あんとき…」
傷つけただろ?なんて言えなくて、言葉の続きが宙に浮く。
あのときほど強烈ではないにしろ、やはり拒絶するような櫂の横顔に、何を言えばいいのか分からなくなった。
四年は、長すぎる。
そう、例えば―
「…今でも、俺のこと好き?」
そんな想いが変わっているのが、当たり前なくらいに。
唐突なそのセリフに、櫂がこちらを振り向く。
「…何言ってるんだ、お前」
「俺は、お前のこと好きだった」
一瞬面くらった後で、櫂の唇が、かすかに動くのが見えた。
いまさら。
(やっぱり…もう、ダメなのか?)
もう、元には戻れないのだろうか。
せめて許してもらうことは、できないのだろうか。
すがるような瞳で見つめる俺を、けれど櫂は、切り捨てはしなかった。
慎重に言葉を探す櫂を、俺は待つことしかできない。
ゆっくりと開いた櫂の口から、告げられたのはこんな言葉だった。
「…俺も、好き“だった”よ」
「櫂…」
過去形のそれは、それでも、あの日を上書きするような声だった。
あの日のすれ違いを、間違いを修正するような声。
「…それでいいだろ。もう、終わったことだ」
櫂の中では、もう決着がついていたのだろう。
俺の後悔につきあってくれた櫂に、これ以上望むわけにはいかない。
「ああ…ありがとな」
多分、これからまた友達になれる。
前とは違う、新しい友達に。
* * *
その日の夜。
櫂の自室にて。
「…俺は、今でも好きだけどな」
(好き“だった”とか先に言われて、どう答えろって言うんだ、バカ)
繰り返されているすれ違いを、まだまだ三和は知らない。
fin.
四月馬鹿やりたくて櫂三和書きたくて突貫で書いた。どうしてこうなった。
櫂は意地っ張りだし三和は詰めが甘いしで、両想いのくせに全然くっつけそうにないですね(笑)
実際櫂の引っ越しとかってどんな感じなんだろうな…。
pixivからこのサイトにはリンク等を貼っていません。あんな大手SNSからこんなコアなサイトに直接飛べるようにする勇気無いです\(^o^)/
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