■存在の証明
その日、家に来るように誘ったのは三和の方だった。
「…やめとく」
気乗りしないそのわけを、そのときはまだ、はっきりとは分からなかった。
けれど、いつもならそれで引き下がるだろう三和が、このときばかりは粘ったのだ。
「まぁそう言うなって。お前だってやってねーだろ?明日提出の宿題。一緒にやろうぜ」
「めんどくせぇ」
「なおさらじゃねーか」
苦笑した三和を見つめて、行きたくないわけでもないことだけは分かった。
もやもやとした躊躇いの正体は掴めないままで、拒否する理由も見つからなくて。
結局、諦めたように三和に着いて行くことになった。
* * *
いつものように三和の部屋に通されて。
そこはいつものようにいたって平均的なベッドと机―こちらは学習机ではなく四足の低いテーブルだったが―のある部屋で。
制服のままでは暑苦しいからと、三和がブレザーを脱いでネクタイを外すのだって、いつものことだったのだけれど。
何故だろう今日だけは、それがまるで、スローモーションのように網膜に焼き付けられて。
気づいた時には、その腕を引いて口づけていた。
「…っ」
瞬間的に払いのけようとした三和の片手は、勢いが足りずに体勢を少し崩しただけだった。
深く口づけるなら手が足りないと、腕を引いていた手を思わず離して、次の瞬間、三和の自由になった両手で、全力で押し返されていた。
「っこの、バカ!」
その手が孕んでいた感情は、怒りではなかった。
どちらかと言えば喝入れのほうだろう、目を覚ませ、という。
我に返って、気が遠くなっていたことを自覚する。
「…悪い」
「あー…うん」
どうにも半端な相槌だった。
言葉を見つけあぐねたのか、暫く口ごもった後、三和はこう問いかけて来た。
「…お前、なんかあった?」
いたって普通に、ある意味異常なほど、普通に。
けれど、それが今突然思ったことではないことくらいは、さすがに分かった。
「…それで、呼んだのか?」
様子がおかしいと、そう思ったからここに連れて来たのだろう。
「まぁ」
平然としているのも、自分の暴走をある程度予測していたからなのだろう。
そもそも最初にここに来たのも、似たようなことがあった後だ。
こんなことがあってもいいけど、借りだということを分かっていろ、と三和は言った。それはつまり、こんなことがあってほしいわけじゃない、という意味で。
「…なんで」
「え?」
「なんで、そこまでするんだ」
俯いたまま、吐き出す。
「放っとけばいいだろ。勝手に機嫌悪くなって、八つ当たりするような奴なんか。こんなバカ、放っとけばいいだろ!」
「八つ当たりじゃねーだろ、嫌だっつってんの無理やり引っ張ってきたの俺だし」
けろっとした顔で、三和はそう言った。
嫌だと口にした覚えはないが、三和にはそう聞こえていたらしい。
唖然として見つめれば、返ってきたのは苦笑だった。
「放っとけねぇから放っとかねぇって、それだけだよ。それでお前暴発させたんだから、せいぜいおあいこだろ」
気負いのないその台詞に、嫌でも、とがった心が少しだけ解けていくのが分かる。
何も言えないでいると、三和がベッドサイドに腰掛けて、嬉しいような、困ったような、複雑な表情で言った。
「俺はさ。一緒にいなくて痛くないのと、一緒にいて痛いのだったら、痛いほうがいいって、そう思うけど」
告げられた言葉に、息が止まる。
「…お前は、一緒にいて傷つけるのと、一緒にいなくて傷つけないのなら、傷つけない方がいいって思ってんだな、きっと」
寂しげに言う三和こそ、そう思っている気がした。
傷つけたことが痛くて、どちらを取ればいいのか、分からなくて。
それは多分、誤解なのだろう。そう感じているのは―
「……買いかぶり過ぎだ」
「そうかぁ?」
そう言って苦笑しながら、三和は見上げるように後ろに倒れ込んだ。
多分、こちらの顔を見ないために。
「…どれだけ俺に貸し作れば気が済むんだ、お前は」
「一生かかっても返しきれないぐらい」
しれっと答える三和に、どうやって勝てばいいのか分からない。
胸の痛みから、忘れていた何かが瞳にあふれてくる。
傷つけるしかできないと諦めて、自分の中に閉じこもって。
そんな今の自分には、三和の優しさは痛いばかりで。
自分の中にある痛みに、三和はどんな名前をつけるのか―正直、予想はつくけれど。
そこまで考えて、乱暴に目元をぬぐった。
(意地でも言ってやらねぇ)
「…ったく、いつまで寝てやがる」
「あ、もういい?」
「宿題するっつったのはそっちだろ」
「はーいはい、よっと」
起き上った三和に、多分いつもと同じ仏頂面を向けられた―はず、だと思う。
ただ屈託のない笑顔に、もうそれは完璧とはいかなくて。
ほとんど苦笑だったかもしれないけれど、微かに、確かに、久しぶりに微笑み返すのは止められなかった。
(…どっちにしろ言えねぇか)
三和が、優しさで傷つける矛盾と闘うなら。
自分はきっと、消せない孤独と闘い続ける。
この胸が痛んでも、それは誰かに触れた証。
だから今は、寂しくはない。
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落ち込むと三和くん襲う櫂くんと、来るなら来い(返り討ちだ)って思ってる三和くんとか\(^o^)/
おかしいのは櫂くんと見せかけて三和くんな気もする。
お前ら普通に喧嘩しろよ。って自分で思った。
いかんせん、普通に喧嘩しそうなイメージがないです(…)
そんなわけで、やっぱりあくまで友情です…(笑)
pixivからこのサイトにはリンク等を貼っていません。あんな大手SNSからこんなコアなサイトに直接飛べるようにする勇気無いです\(^o^)/
あと最近転載しているTwitterは