見てしまった。
(え…?)
本当に、偶然、たまたま。
自分のよく知っている二人が―櫂と三和が、抱き合っているのを。
(何…あれ…)
よく知っているはずの二人だった。仲が良いことだって知っていた。いや、普段のあれを仲が良いと言っていいのかはよく分らないけれど、あまり人を寄せ付けなくなった櫂が、三和だけは他とは少し違う扱いをしているのは確かだった。
それこそ過度なスキンシップくらいなら、三和が仕掛けたりするかもしれないと思う。
それでも―二人を包む空気が、いつもと違いすぎた。
固まっているアイチの視界の中で、二人が顔をあげる。
反射的に、アイチは二人に見つからないように物影に隠れていた。
(…なんで)
何への問いかも判然としない疑問符が、頭の中を駆け巡る。
なんであんなこと、なんで見てしまって、なんで隠れたのか。
なんで、何が。
(…ショックなんだろう)
見てはいけなかったと思った。
だから、見られてはいけないと思った。
そうやって隠れても、もう視界にはないはずの二人の姿が、脳裏から消えない。
櫂の、見たことも、想像したことすらない、苦しげな表情。
それは多分、相手が三和だから見せた表情なのだろう。
その表情のせいなら、まだ分かる。櫂が苦しいのは、自分だって嫌だ。
でも、多分、そうじゃない。
櫂が苦しそうで、相手が三和で。
(それが、どうしてこんなに)
…嫌、なんだろう―
未来は挑発する
「…アイチ、おいアイチ?」
名前を呼ばれて、ぼんやりとしていた景色が焦点を結ぶ。
「……あ、井崎くん。…と、森川くん」
放課後、既に閑散とし始めた教室の中で、机を挟んで森川と井崎がこちらを見ていた。
ぼんやりとしている内に、授業もホームルームもすっかり終わってしまったらしい。
「あ、じゃねーよ、どうしたんだ?」
「えと、うん…ちょっと」
不思議そうな顔で尋ねる井崎に、曖昧にうなずく。
昨日見た事を全て話すわけにもいかず、なんと言えばいいのか分らなかった。
「なんだなんだ悩みでもあるのかー?今日なら特別に、この俺様が相談に乗ってやってもいいぜ!」
「それ悩み聞く態度じゃないだろ…」
得意げに言う森川に呆れた顔で突っ込む井崎。いつも通りのやりとりに少しだけほっとして、アイチは弱弱しく笑った。
その笑顔に、井崎がしょうがないな、という風に笑う。
「ま、何があったのか知らないけどさ、落ち込んでるときはパーっと遊ぶのが一番だろ。カードキャピタル行こうぜ」
「っそれは!」
突然の強い拒絶に、二人が驚いた顔でこちらを見つめる。
「あ、いや、今日は…あんまり…」
三和や櫂に会うかもしれないから行きづらい、なんて言えるわけもなくて、また言葉を濁してしまう。
顔を見合わせた二人は、それでも退きはしなかった。
「じゃ、カードキャピタル以外に行くか」
* * *
三人で来たのは近所の公園だった。
昔―と言ってもそんなに遠い日のことではないけれど、友達がいなかったころ、アイチが一人で訪れていた公園。
櫂と出逢ったのも、この公園のそばを通ったときだった。
「…アイチがカードキャピタル行きたがらないって、よっぽどだよなぁ…」
「………」
無理に聞き出しても悪いし、でも気づいた以上ほっとけないし、どうしようか。
何も言えないアイチの横で、そんなオーラを出しながら井崎が呟く。
ストレートに答えられないのが申し訳ないような気もしたけれど、そんな自分の隣にただ居ようとしてくれる、それだけでもアイチは嬉しかった。
きっと以前なら、一人でぐるぐると考え込むことしかできなかった。
「…櫂くんは…」
その声に、井崎がこちらを向いた。
「櫂くんは、悩みとかあったとき、相談する人…いる、のかな」
「櫂?」
櫂の名前にほんの少し眉をひそめて、井崎はこう答えた。
「…ん~、櫂に悩みか~、森川に悩みぐらい想像できないな…」
引き合いに出された森川は、ベンチに腰掛けた二人の目の前、公園の小学生たちに混ざって同レベルで遊んでいた。ある意味才能だと井崎は思う。
「でも、三和さんがいるんじゃねーか?」
誘導するでもなく出てきてしまう三和の名前に、心臓がいやな音を立てる。
「…やっぱり、三和くんかな…」
それは、知っているのだ。自分が見たのはまさに、櫂が三和にだけ弱いところを見せた場面で。
変わってしまった櫂のことが気になって、三和やカムイと一緒に追いかけたこともある。何かあったなら力になりたいと、そう思っていたのは嘘ではない。
けれど、いざあのシーンを見てしまって―自分の考えが、甘かったような気がしたのだ。
(僕は、見たかったの?櫂くんの…弱ってるところ)
アイチの前で、櫂はいつも強くて、眩しかった。
だからこそ、人を寄せ付けない理由が気になったりもしたけれど。
昨日の二人を見て、ひとつだけ分かってしまった。
(…櫂くんは、僕の前では絶対にあんな顔しない)
見たいとか、見たくないとか、そんな問題じゃなく。
櫂は自分に、弱みなんか絶対見せない。見せようとはしない。
「…分かった」
「え?」
低く呟いたアイチの声に、井崎がぎょっとした。
そんな様子に構う余裕はなくて、アイチは一人胸中で呟く。
(悔しかったんだ。櫂くんを支えられるのが、三和くんだけな気がして。…だけど)
櫂は自分に弱みは見せないだろう。それは、それが櫂のプライド―櫂を支えるプライドだからだ。
「…櫂くんは、強いよね」
「あ?ああ、そうだな」
鬼みたいに強いな。
アイチの気迫に、井崎が若干怯みつつ相槌を打つ。
(そんな櫂くんだから、僕は憧れて、強くなりたくて。そんな弱い僕に、あんな状態の櫂くんを支えられるわけない。…けど、それだけじゃない)
櫂が自分の前で、そんなプライドを振りかざすのは。
(ライバルだって、感じてくれてる)
「…やっぱり、カードキャピタルに行こうか」
すくっと立ち上がってそう言ったアイチを見上げて、井崎が尋ねる。
「…お前、もう大丈夫か?」
「うん。ありがとう」
衒いなく、アイチは笑った。
「…よくわかんねーけど、元気出たんなら何よりだよ」
同じく井崎も立ちあがると、ちょうど切りが良かったらしい森川がこちらに駆け寄って来る。
「おーい、お前らどこ行くんだー?」
「カードキャピタル!」
答えたアイチに、森川はなぜかガッツポーズで応じる。
「よぉっし、ガキどもの世話はここまでだ。俺様も行くぜ!」
「ありゃ一緒に遊んでただけだろ~」
からかい半分に言った井崎達と、三人で笑い合う。
自分にこんな時間のきっかけをくれた櫂は、やっぱり絶対に、もっとたくさんの人に囲まれたっていいと思う。
* * *
三和くんと同じようにはできないけど。
僕は僕のやり方で、君を支えたい。
君が目指す強さに、相応しいくらいに強くなりたい。
強くあろうとする君の意志を、支えられるくらいに強く―
fin.
・あとがき・
井崎が三和をなんて呼ぶのか分からなかったので勝手に「三和さん」にしました。なんとなく、櫂は関わり合いになりたくない(笑)から「櫂」で、普段ショップに来る三和は「三和さん」かなーと。
アイチの存在って櫂には挑発的なんだろうなーっていうタイトル。
CP表記はさしずめアイ櫂三和でしょうか…。アイチはライバル(候補)で三和は親友。で、今親友とちょっと妙なことになってますみたいな(え)恋ってなんだ。
とりあえず、櫂くん好きすぎですみません!
pixivからこのサイトにはリンク等を貼っていません。あんな大手SNSからこんなコアなサイトに直接飛べるようにする勇気無いです\(^o^)/
あと最近転載しているTwitterは