リスペクト公式、と言いつつBL・GL妄想上等の色々無節操なのでカオス注意。
※一応R-15で。中学生未満の方は義務教育が終わるまで待ってね※
例のアレ。一期終了後、ニ期に接続せずにアイチくんが後江高校1年に進学してるパラレル時空です。
思いついたネタ片っ端から詰め込んでたら予定よりだいぶ延びた上、ニ・三回超展開してる気がする\(^o^)/正直収拾がついてないよ…
私は50話でPBDライドする闇アイチとファイナルターン失敗してから自分の気持ちを必死でわかってもらおうとするアイチくんをこよなく愛しているのですが、あそこでそれに直接答えなかった櫂くんマジお父さん。あれ下手に正面から答えてたらガチでくっついたぞこいつらそんな話です(まて)
櫂くんは素直じゃないんでも思ってることを言わないんでもなく、自分が何考えてるか自分で分かってないだけじゃねーの?っていう話でもある\(^o^)/
果てしなくリバっぽいけど、ハァハァ言ってるのがアイチなのでアイ櫂です。襲い受けの櫂アイかもしれないけど
例のアレ。一期終了後、ニ期に接続せずにアイチくんが後江高校1年に進学してるパラレル時空です。
思いついたネタ片っ端から詰め込んでたら予定よりだいぶ延びた上、ニ・三回超展開してる気がする\(^o^)/正直収拾がついてないよ…
私は50話でPBDライドする闇アイチとファイナルターン失敗してから自分の気持ちを必死でわかってもらおうとするアイチくんをこよなく愛しているのですが、あそこでそれに直接答えなかった櫂くんマジお父さん。あれ下手に正面から答えてたらガチでくっついたぞこいつらそんな話です(まて)
櫂くんは素直じゃないんでも思ってることを言わないんでもなく、自分が何考えてるか自分で分かってないだけじゃねーの?っていう話でもある\(^o^)/
果てしなくリバっぽいけど、ハァハァ言ってるのがアイチなのでアイ櫂です。
don't be discouraged
空気はだいぶ暖かくなってきて、ときおりやわらかな風が肌を撫でていく。絶好の午睡スポットとなった日向のベンチで、櫂は優雅に昼寝を楽しんでいた。
「――……」
不意に差した陰に、櫂が薄目を開ける。逆さに覗きこんだアイチと、目があった。
「……っ!?」
「ぅわっ」
思わず跳ね起きた櫂の額が避け損ねたアイチのそれを打って、鈍い音がする。互いにぶつけた場所を手でかばいつつ、しばし二人は無言で呻いた。
「……ごめん、櫂くん」
「いや……」
疼く痛みを堪(こら)えつつ、櫂がベンチから足を下ろす。腰かけた目の高さから、まだ額を押さえているアイチを見上げた。
「何してたんだ」
こちらも痛みに耐えているのだろう、アイチは涙目数歩手前で答える。
「通りかかったから、櫂くんいるかなって……」
いつの間に知れ渡ったものか、櫂がこの公園のベンチで昼寝をするのが日課らしいということは、カードキャピタル常連の中では常識と化していた。
とは言っても、広さも明るさも水も緑も、ついでにちょっとした野外ステージまであるこの公園に足しげく通っているのはアイチも同じで、ここが街でも有数の憩いの場というだけの話ではあるのだが。
「ここ、ほんとに好きなんだね」
「家が近いからな」
「えっ、そうなの!?」
思ったよりも驚くアイチの顔を見て、櫂は後れ馳せながら自分が漏らした情報の意味に気づく。
ありていに言って口が滑った。いや、あらゆる面で他人と関わりたくなかった一年前とは違い、別段詮索されるのでもなければ自宅を教えるくらいどうということもないのだ。本当に、それだけなら、それだけで済むのなら。
それだけで済まないとしたら、原因は自分なのだろうが。
不自然な間に、察したようにアイチが慌てる。
「あっ、いや、言いたくなかったら聞かないよ!?」
「まだ何も言ってないぞ」
「ご、ごめん!!」
この程度で気を遣われてしまうのが不甲斐ないという自己嫌悪で、微妙にぶっきらぼうになった声を、アイチは自分への不快感と解釈したらしい。勢いよく頭を下げたアイチに、櫂はいろんな意味でため息をつく。
「わけもわからずに謝るな。お前は何も悪くないだろう」
「けど……」
櫂くん、知られたくない話なんじゃないの?という視線に、櫂はとりあえずの対応を決断する。
「住んでいるのはこのあたりだ。それ以上は聞くな」
俺の心の整理がついてないだけだから。本当にただそれだけだから。それはお前が好きとか嫌いとか良いとか悪いとかそういうのとは一切関係ないんだから頼むからそういう勘違いはするな。
という櫂自身言葉では把握していない内心にはおそらく気づかないまま、アイチは戸惑いつつ頷く。
「う、うん、わかった」
会話が途切れる。さらに昼寝をするか、否か。
「……お前今日、予定は」
「え?えと、無いよ」
「ならカードキャピタルに行くぞ。ファイトしてやる」
「……あ、ありがとう!」
意外だったのか言葉を呑み込む一瞬の間の後、戸惑いながらもそう答えたアイチに、罪滅ぼしはこれでいいかと櫂はひとり納得する。
そんな思考になった原因の後ろめたさの存在だとか、それが一体どこから来るのかだとかには、まだ気づいていなかった。
* * *
それぞれの学校へと向かう学生達があちこち目に付く時間帯、そんな学生の一人だったアイチは、ひとつ大きなあくびをした。
「寝不足か?アイチ」
「あはは……ちょっとね」
井崎に指摘されて、アイチは曖昧に答えた。
「課題にでも追われてるのか?」
「そういうわけでもないんだけど……」
高校に進学してから、以前より課題に手こずるようになったのは確かなのだが、今回はそれが理由ではなかった。
「ふーん?」
そのまま深入りしないでくれる井崎に内心で頭を下げながら、アイチはため息をつく。
(……普通そう、だよね……)
寝不足の原因は、この間の櫂との会話のせいだった。
公園の近くに住んでいることを隠しはしないのに、それ以上は聞くなとシャットアウトされた。一年前なら単純に拒絶されていると思うところだが、そうじゃないということは、その後カードファイトにも誘ってくれたことからもさすがに分かる。
何かあるんだろうな、と流せば済むようなことなのだが――いつまで経っても、何があるんだろうというもやもやは去らなかった。
実はその後、思い切って三和にそれとなく聞いてみたりもしたのだが。
「櫂が住んでるとこ?知ってるけど……」
「公園の近くって本当?」
「うん。……て、えっ!?」
「あの、たまたま櫂くんが教えてくれたんだけど、それ以上聞くなって言われちゃって……」
「あー……まぁ、気にすんなって」
曖昧に笑った三和は、自分が知らない何かを知っているような気がした。
しかしそれを、櫂の許可なしに話すつもりはないのだろう。聞き出すにしても、どう聞けばいいのかアイチ自身よく分からなくて、結局引き下がったのだけれど。
三和に聞けないとなると櫂本人に聞くしかないのだが、それは既にノーを出されてしまっている。かといって、以前のように後をつけるのは、さらにマズいと言わざるをえない。
嫌がらせがしたいわけではないのだ。櫂が嫌がるようなことは、絶対にしたくない。
「………」
何もできないと分かっているのに、諦めきれないのは何故なのだろう。
正当なルートの閉ざされた中で、それでも知りたいと思ってしまう自分。完全な手詰まり状態で、自分は一体、何のために櫂のことを知りたいのだろう。
眉根を寄せたやりきれない表情で、不意に立ち止まった。
「?……アイチ?」
どうしたんだと呼びかける井崎にも、すぐには答えることができない。
けれど、そのままでいるわけにもいかなくて、アイチはぎこちなく笑った。
「……なんでもないよ」
きっと誤魔化せてなんていないだろうと思いながらも、そんな風にしか言えなかった。
そこからの道中、他愛ない会話をしながらも、心は上の空だった。
* * *
放課後に後江高校からカードキャピタルへ向かう際、櫂はしばしば三和と一緒に連れ立っている。特に約束をしているわけではなく、櫂を見かけた三和が誘ってそうなるのだが、アイチが進学してきてからは、その相手がアイチになったり三人になったりすることもあった。
「そういやお前、アイチにあの辺住んでるって教えたんだって?」
しかし今日はセオリー通りに三和と二人である。
振られた話題に、櫂は一瞬動揺しないわけにはいかなかった。
「……ああ」
ことさら気にしていたつもりはないのだが、それを三和が口にしたことで嫌な予感がした。
櫂の簡潔すぎる肯定にも慣れたもので、三和は言葉を続ける。
「なんか、詳しいこと聞きたそうな顔してたぜ」
別段不思議な話でもなかった。あんな半端な対応をすれば、気になっても仕方のない話だろう。
(だからといって、どうしろと言うんだ……)
三和に自宅を教えられたのは、彼が櫂の一人暮らしの事情を語らずとも知っているからだ。そこに触れない三和の気遣いにも、薄々気づいてはいる――自分がその話題を、頑なに避けているということには。
黙りこむ櫂に、躊躇いながらも三和が言った。
「……お前が言いにくかったら、俺が話してもいいんだぜ」
「やめろ」
低い声で櫂が制した。けれどそれに逆らうように、三和は言葉を続ける。
「別に全部喋ったりしねーよ。けどお前、絶対知られたくないわけじゃねーだろ?」
確かにそうだ。そうでなければ、今のは忘れろくらいのことは言ったはずだった。
アイチを拒絶したいわけではない。事情を話せないとさえうまく言えないなら、それを三和がアイチに伝えたとしても、特に問題は無いはずなのだ。
それでも――どうしても頷けないのは、何故なのだろう。
「……俺が」
口をついたその先は、しかし声にはならない。
「……俺が?」
聞き返した三和の声にも、やはり答えることはできなかった。
(……あいつには、俺が自分で言う)
それさえ言葉にはできないのに、それだけは譲れないのだと、自分が混乱していることにも気づかないままで櫂は考えた。
諦めたのかどうか、三和はそれ以上突っ込んではこなかった。
* * *
そんなこんなの数日後。カードキャピタルの自動ドアの前に立ったアイチが、何の意識もしないのに真っ先に見つけたのは櫂の顔だった。その櫂はドアが開く気配にか顔を上げて、必然的に目があってしまう。
「……っ」
数秒、確かに見つめ合った後、アイチは店には入らず、勢い良く来た道を引き返して走りだした。
絶対変に思われる、そう頭の片隅で思いながらも、櫂の目から逃れたくて必死だった。街ゆく人たちの流れに逆らうように、息を切らせて走り続ける。
別に櫂がどんな顔をしたというわけでもない。いつもと同じように冷静な目に、アイチが勝手に動揺しただけで、そこに拒絶するような何かを見たわけでもない。
アイチが怖かったのは、現実の櫂の目ではなくて――櫂はどんな顔をするんだろうという、自分のイメージのほうだった。
お世辞にも体力があるほうではなく、十分に離れたという感覚も手伝って、アイチは走るのをやめた。肩で息をしながら、人目がないのを確認してその場にしゃがみ込む。
軽く息を整えて、もう一度深くため息をつく。
「逃げちゃった……」
全く誤魔化しようがないほど完璧に逃げてしまった。そのことは軽く憂鬱ではあったけれど、それ以上に憂鬱な悩みの前には些細なことだ。
「……櫂くん……」
つい今しがた逃げてきた少年の名前を、切なげな声でアイチは呟いた。
本当は逃げたくなんかない。引き返せるものなら引き返して、何時間だって一緒にいたい。
公園の近くに住んでいると偶然教えてもらったあの日、たまたま通りかかったなんて言ったけれど、本当は、ただ櫂に会いたくてあそこにいた。額をぶつけるほどの距離で覗き込んでいたのだって、眠っている櫂の顔を近くで見てみたかったからだ。
ただ近づきたいとだけ、思っていられたらよかった。何も考えずにいられたら。
けれどあの日、櫂に触れてしまったあの日から、櫂の秘密にかすかに触れたあの日から――アイチの中で、純粋だったはずの好意が、確かな形を見つけてしまっていた。
どうしようもなく後ろめたい、欲望の形を。
(……櫂くん。僕、もう、ずっと、君のことが)
――好きなんだ。
* * *
「どうかしたのか?」
自分の後方を見つめていた櫂が表情を変えたのを見て、三和は尋ねた。
「……アイチが逃げた」
「へっ?」
思わず振り返ってみても、逃げたというものがそこに居るわけもない。
「逃げたって、なんでまた」
知らん、俺に聞くな。普段の櫂ならそう答えられただろうが、数秒見つめ合ってしまった事実がある以上、そう言い切ることはできなかった。少なくとも、逃げた原因は自分なのだろう。
自分を見て戸惑うような顔を見せて、そのまま逃げ出したアイチから、櫂は一瞬たりとも目が離せなかった。何故そんな顔をする、心でそう問いかけながら、見ていることしかできなかった。
(……何も聞くなと言ったせいか?)
「お前が隠し事してるせいか?だったらアイチが逃げることねー気がするけど」
渋い顔で考えこむ櫂と、ほぼ同じ事を三和が口にする。しかし櫂より踏み込んだ言葉通り、やはり疑問は残る。
「……気にしてんの?」
「……は?」
不思議そうに聞いてきた三和に、櫂は思わず間の抜けた声を出す。
ここで自分に問いかけられる意味が分からなかった。
「いやー?普通なら関係ないとかってほっときそうなもんなのに、えらく無口になってるからさ」
からかうような気配に、櫂はぶっきらぼうに返す。
「お前には関係ない」
「そうそうそれそれ――」
そこまで言った三和が、凍りつくように口をつぐんだことに、櫂は気づかなかった。
三和がそれっきり黙ってくれたお陰で、自分の考えに没頭してしまったせいだ。
誰よりも櫂を知る幼馴染は、そんな櫂の仏頂面を冷や汗を浮かべて見守っている。
(何故そんな顔をする。何故逃げる。俺は、お前のそういう顔は)
――嫌いだ。
* * *
一人自分の部屋に閉じこもって、アイチは悩みに悩んでいた。
櫂から逃げてしまった日以来、カードキャピタルには怖くて行けない。気晴らしに他の店に行ってみようかとも思ったけれど、生憎と櫂は決まったショップにこだわるタイプではないので、万が一顔を合わせてしまったらと思うと足はすくむ。
そうでなくても高校は同じなのだから、放課後逃げたところで昼間出くわす可能性のほうが本当は高い。しかし学年が違うから校内で避けるのは難しくないし、むしろ会いたい気持ちもあるせいなのか、学校まで逃げるのはなんとか踏みとどまっていた。
不意に鳴り響いたメールの着信音に、アイチは携帯を開く。
From:ミサキさん
Sub:元気?
最近見ないけど、元気してる?
今度店でカードスリーブのセールやるから、時間あったらおいでよ。
P.S.櫂があんた来ないの気にしてたよ。多分。
「……っ」
追伸に記載された文章に、アイチは息を呑んだ。その一文だけでうっかり涙が出そうだった。
櫂が自分のことを気にしてくれている。それだけで心動かされる自分を、もう誤魔化しようがない。
道はひとつしかないのだ。櫂が好きな気持ちを、今更変えられない。
選べるとしたら、進むか、戻るか、二つに一つだ。
櫂に好きだと言うか、言わずに諦めるか。
それを決めなければ、櫂だけではなくて、他の誰にも会える気がしない。
「………」
思いつめた表情で、アイチは携帯のキーを操作する。
To:ミサキさん
Sub:元気ですよ
ありがとうございます、元気ですよ。
スリーブ擦り切れてきてたのでよかったです、また行きますね。
P.S.櫂くんが
そこまで打って、アイチは一文字ずつ追伸の文章を消去した。櫂についてどんな風に書けばいいのか、まだよく分からなかった。
追伸には答えないままで、アイチはそのメールを送信する。
カードキャピタルには行くと言ってしまった。これでもう、うだうだ悩んでいるわけにはいかない。
悩んでいたいわけでもないのだ。嫌われたくないと悩んでも、その本人に会えないのではどうしようもない。
アイチにとって、それがどんなに重いものでも、選べる答えはひとつしかなかった。
* * *
放課後の公園は小学生やそれ以下の子どもたちが遊んでいることも少なくない。そんな子どもたちが和気あいあいと楽しんでいる場所からは少し離れたベンチに櫂がいるのは、今日に限っては日課だからという理由ではなかった。
普段あまり使わない携帯を取り出して、昨日受け取ったメールを確認する。
From:先導アイチ
Sub:櫂くんへ
こんにちは。
この間、逃げてしまってごめんなさい。
明日、公園で会いたいのですが、いつものベンチで待っていてくれますか?
アイチとはあの日以来全く顔を合わせることがなく、ミサキに聞いてみればカードキャピタルにも来ていないという話だった。このメールが来るまで確信は持てなかったが、どうやら自分が避けられていたということで間違いないらしい。
それが何故かとはあまり考えなかった。元々、考えても仕方のないことを考え込むタチではないし――というより、それをしてしまうと致命的な深みにはまるだろうと、無意識に危険を回避しているのかもしれないが――何より気になるのが、自分のことよりアイチ本人のことだったからだ。
何があったのかは知らないが、多分今日会えば分かるのだろう。そんな風に思いながら携帯をしまうと、思い描いていた少年がこちらに近づいてくるのが見えた。
櫂の視線に気づいたアイチが、怯むような表情で一瞬立ち止まりそうになる。相変わらずのあれは何なのだろうと櫂が眉間にしわを寄せると、アイチがますます泣きそうな顔になった。
普通に会話できる距離にたどり着く頃には、アイチはほとんど完全に俯いていて、櫂は軽い苛立ちを覚えてしまう。どう声をかけていいのか分からずにいると、思い切ったようにアイチが顔を上げた。
「あ、あの!」
眉を八の字にしたその表情は、泣いてこそいないがやはりどこか弱気な顔だった。
それを“凝視する”と言って差し支えない櫂の表情に、アイチが視線を逸らしてしまう。
「その、僕」
しかしそのままではいけないと思ったのか、もう一度アイチが櫂を見つめる。
懇願するような顔で、震えそうな声で、それでもはっきりとアイチは言った。
「櫂くんのこと、好きなんだ」
言われた意味がよく分からなかった。
目の前のアイチは、例えて言うならダメージチェックで六枚目のカードを開くような、ヒールトリガーに賭けるあの瞬間の、結果を見たくないような、儚い希望に縋るような、そんな目で櫂を見つめている。
そうじゃなくて、それは、その、もう少し、可能性を信じるとか、運命の裁きを待つとか、カードに願いを託すとか――
「……俺は、お前のそういう、情けない顔は見たくない……」
――そういう目だってあるだろう。
無表情のまま、抑揚のない声で漏れた言葉に、アイチの瞳からとうとう涙がこぼれた。
それを見た櫂の動揺には気づかないまま、アイチは溢れる涙を拭いながら言葉を紡ぐ。
「ごっ、ごめっ、ん……ね?そうだよね、ごめん……」
きもちわるいよね。アイチはそんなことも口走っていて、さっきのセリフを断りと受け取ったのだろうと、頭のどこかは冷静に判断しているのに、何が起こっているのかの理解が追いつかない。
アイチは何を言って、自分は何を答えて、何故アイチは泣いているのか。断片的には認識しているのに、それは砕けたパズルのピースのようで、意味のあるイメージにならない。今この現実が異様に遠い。悲しいかな無表情のままで、その感覚がアイチに伝わるわけもなく。
泣きじゃくるアイチを前にして、何か間違っている気がすると、櫂の中で焦りが高まっていく。
「……ごめん、帰るね。ごめん……」
くるりと背を向けてアイチが走り出す。
行ってしまう、それだけを理解した瞬間、櫂は叫んでいた。
「――っ、待て!!」
その声に、硬直するようにアイチが立ち止まる。
櫂はアイチに歩み寄ると、右手でおもむろにアイチの左手首を掴んだ。
弾かれたようにアイチが櫂を振り向く。
「えっ……」
驚いているアイチに、何を言えばいいかは分からない。だから無言のまま、櫂はその手を引いて歩き出した。有無を言わさぬ勢いの櫂に、どこへ行くのとさえ聞けないアイチは、半ば引きずられるようにしてその後についていく。
険しい表情をした櫂の頭の中は、こんなことになったのは自分の家を隠しているせいだという、プロセスを何段階も巻き戻した結論で一杯だった。
* * *
アイチは振られたのだと思った。元々イレギュラーなこの想いが叶うなんて露程も信じられなくて、本当にただ好きだと言うだけで精一杯だった。そんな自分は確かに情けない顔だろうと理解できるし、そんな顔は見たくないというのも分かる。そして好きだと言ってそんな返事をされたら、普通は振られているはずだ。
しかし、それなら何故、櫂は自分を引き止めて、どこかへ連れて行こうとするのだろう。
公園からそう離れていない、見たことのないマンションに、どうして櫂に連れて来られているのだろう。
(なんで、ここ、どこ、なんで)
思い当たる選択肢など一つしか無い。ここで三和の家だとか適当になんとなく来ただとかそういう可能性はさすがに低いだろう。
迷いのない手つきでロビーのロックを解除して、エレベーターを呼んで何階だかのボタンを押して、そんな作業を――作業としか言いようがない――ひたすら黙々としている櫂に、「もしかしてここが櫂くんの……?」などと聞ける度胸はアイチには無い。
聞かなくても、櫂が「櫂」というネームプレートの部屋のドアを開けたのだから、櫂の家なのは間違いなかった。
「入れ」
玄関先で靴を脱ぎながらそんなことを言われて、言われるがまま自分も中に上がる。
そこはアイチが持っている家のイメージよりずっと小さくて、人が住むにはひどく殺風景な気がした。
カーテンの向こうからうっすらと日が差す小さな部屋の真ん中で、ぽつんと立ち尽くす櫂の背中に、アイチもまた身の置き所を見つけられず、立っているしかない。
「あ、あの……」
手を伸ばせば届く距離へと近づいて、おどおどした調子でアイチが声をかけると、櫂はゆっくりと振り向いて、どこか苦しそうな顔で言った。
「……何故、そんな顔をするんだ」
何故と聞かれても、それは君に嫌われるのが怖いからで、振られたからで。それと今は、どうしてここに連れてこられたのかさっぱり分からないからで。
そう答えることもできたはずなのに、アイチにはそう言えなかった。
何か、違う気がする。櫂が求めている答えは、そういうことじゃない気がする。
櫂も似たようなことを考えているのかもしれない。例えば――そんなことが言いたいんじゃない、とか。
その証拠に、答えないアイチにも、櫂は急かすようなことはしない。
「……俺は」
呟いた声には、自問自答する響きがあった。櫂の中でこだまする声。
(櫂くん……?)
急激に、アイチは空気が変わるのを感じた。張り詰めていた緊張が取れて、さっきよりも肩の力が抜ける。
苛立ちの気配が消えた。戸惑いは残っているけれど、それはどこか優しさにも似ていて。
「……アイチ」
囁くような声だった。
どことなく困惑するような、櫂のそんな表情は初めて見る。
「何故そんな顔をする。お前は、どうすればそんな顔をやめるんだ。俺はどうすればいい?」
噛みしめるように告げられた言葉。
言葉の意味を理解するよりも早く、その声はアイチの心に届いた。
ゆらゆらと不安定なぬくもりが、不器用にアイチを抱きしめる。
彼はずっと、こんな想いを抱えて彷徨っていた。
内側から湧き上がってくる不思議な感覚に、アイチは半ば操られるようにして言葉を紡いだ。
「……櫂くん、僕のこと好きなの?」
放心したように、表情の抜けた顔で素朴に聞いたその質問は、頭で考えたら絶対に出てこないようなセリフだった。
ただどうしてか、それを言うのに躊躇いは無かった。
しかし櫂は、疑問符を浮かべた顔でアイチを見つめている。
「アイチ?」
いや、聞いているのは俺の方なんだが、そんな顔。
じわじわとアイチの中に実感が湧き上がってくる。
櫂くんは。
分かってない。
間違いなく。
――混乱している。
「――っ、大事なことだよ!」
腑に落ちた瞬間、吹っ切れたようにアイチは叫んだ。
「僕は!君のこと好きだから、こんな顔、しちゃうけど!でもそれは、櫂くんのせいじゃなくて」
つっかえつっかえの言葉になっても構うものか。今どうしても、櫂に分かってもらわないといけないことがある。そんな熱に浮かされて、アイチは必死で言葉を紡ぐ。
「仕方ないんだ。君が僕のこと、好きじゃないなら。僕は、それでもいいから」
そんなアイチを、櫂はただ呆気にとられたまま見つめている。ちゃんと伝わっているだろうか?不安が頭を掠めても、止まらない――止まれない。
「だから、間違えないで。僕のことは、気にしないで。君は、僕のこと、好き、なの?」
言い終えて、アイチの浅い呼吸だけが空気を揺らす。
それも静まり返った中で、アイチは櫂を見つめ続ける。
想いは伝わっただろうか。櫂は分かってくれただろうか。
祈るように見つめるアイチの前で、不意に、櫂が、動いた。
「……ちょっと、待て」
ほんのりと赤く染まった頬を隠すように、櫂は右手で口元を覆った。
その表情に、その仕草に、アイチが目を瞠る。
それを見るまでは、櫂に「恥ずかしい」などという感情はあまりにも不似合いだと思っただろう。思っただろうが。
紛れもなく櫂は照れていた。
そうか、そういうことか。アイチの言わんとしたことをようやく理解したらしい櫂のリアクションを前に、ただでさえ一杯一杯だったアイチの中で、暴発するように何かが切れた。
「……櫂くんは、時々、凄い無茶、言うよね」
自分でも驚くほど低い声が出た。
つかつかと歩み寄って、櫂の肩を上から押さえるようにして無理やり座らせる。
驚いてアイチを見上げる櫂の顔に、けれど嫌悪は浮かんでいなかった。
(いいんだ)
何がいいのかと聞き返すはずの理性は完全に沈黙していた。
のしかかるように跪(ひざまず)いて、頭の上から足の先まで舐めるように睨めつける。
視界がぼんやりとしているのは、櫂の肌が白くて眩しいからだろうか。首筋に吸い付きたくて、なんか邪魔だなぁと櫂が着ているシャツのボタンを上から二つ三つ外した。さすがに櫂が身じろぐ気配がしたけれど、舌を這わせた肌からは息を呑む感触がダイレクトに伝わってくる。
両手が手持ち無沙汰で、もうちょっと触りたいなとシャツの裾から手を入れて背中をなぞった。温かな素肌の感触が心地良い。
「――っ」
櫂の両手がアイチを引き剥がした。
背中に回したままだった手を引き抜いて、アイチは大人しく身を引いた。
数回目を瞬かせている間に、すぅっと、遠ざかっていた意識が戻ってくる。
「……櫂くん、僕、櫂くんの全部、ほしいみたい……」
否、まだ正気とは言いがたかったかもしれない。
放心したままのアイチの呟きに、櫂も同じような状態で答えた。
「……そ、そのうちな」
櫂も多分、半分くらい正気ではなかった。
* * *
お手洗い借りてもいいかな、そう言ってアイチは席を外した。
微妙に気まずそうにしていた理由については、櫂はできるだけ考えないことにした。正直まだ、冷静に受け止められそうにない。
告白された瞬間から、頭は真っ白だった。お陰で要らないことを口走って誤解させたけれど、勢いに任せてアイチをここに連れてきたのは間違いではなかったのだろう。妙な言い訳がなくなった分だけ、思考はクリアになった。
アイチの弱気な顔を見たときに感じる苛立ちは、アイチに対して以上に、そんな顔をさせている自分に対してのものだった。こちらの機嫌を伺うような真似をさせたくなかったし――何より、自分のことを信じて欲しかった。そのためにどうすればいいか分からなくて、自問するようにアイチに問いかけたけれど。
アイチは、それは当然だと言い切ったのだ。好きだから。それに対する答えが知りたいんだと。それが良いものでも、悪いものでも。
結局アイチはその答えを、櫂が見つけるよりも早く見つけてしまったけれど。
そしてそれから――
「………」
――それからあったことを思わず全力でイメージして、櫂は内心で頭を抱えた。
全く抵抗できなかった。“する気が起きなかった”と言ってもいいのだろうが、とりあえずできなかった。
自分を見つめるアイチの瞳に、呪縛されたように動けなくなった。熱いような、冷たいような、崇拝のような、支配のような、不思議な瞳。両極の狭間に囚われるように、自由を奪われた。
首筋をなぞる舌も、背中に触れた手もひどくリアルで、あのままでいたらどこまでも堕ちていけそうな気がした。
(……怖いな、あれ……)
アイチがアイチじゃないようで、自分が自分じゃないようで、とにかく怖かった。だというのに、そこから逃げようとしない自分というのも、今思い返せば恐ろしくて仕方ない。
(……そのうちってなんだ)
全部欲しいと言われて、確かに自分はそう答えたのだ。
半分も頭の回らない状態で答えたその答えは、それでもあの瞬間の本心なのだろう。
そうは言っても、アイチも自分も、どこまで正気だったのか分かったものじゃない――などと考えるのは、現実逃避なのかどうか。
ともあれ櫂がそういう結論で思考に無理やり蹴りをつけるのと時を同じくして、アイチが部屋に戻ってくる。
なんとか落ち着きを取り戻したらしいアイチは、複雑そうな顔で問いかけた。
「あの、聞いていいかわからないんだけど……一人暮らし、なんだね」
この家に櫂以外の誰が住んでいる気配も無いことは、少し見ればわかることだろう。何か知りたいというよりも、ただ確認したいだけのアイチに、櫂は頷くだけでよかった。
「……ああ」
櫂が答えたこと自体に、アイチはほっとしたようだった。
「……そっか」
それでも、明らかになったことがそうあるわけでもない。その裏に隠れている事情を察するには、まだ情報は少ないと言っていいだろう。
それを追求するつもりはないらしいアイチは、誰にともなくぽつりと言った。
「……会ってみたかったな」
――時が、止まった気がした。
ひょっとしたら、声に出すつもりはなかったのかもしれない、アイチの呟き。
誰に、なんて、聞くまでもなかった。
「……っ」
視界がぼやけて、呼吸が苦しくなる。
自分の瞳から、馴染みのない液体があふれている。
「……か、櫂くん」
せり上がってくる嗚咽が抑えきれなくて、何度拭っても涙が止まらない。
押し殺せない嗚咽はいつしか、堰を切った号泣に変わって。
「ごめん、ごめんね?」
慌てて抱きしめるようにして宥めてくれるアイチに、弱々しく首を振ることでしか答えられない。
ずっと、考えないようにしてきた。
失ったもの、失われたもの。
それをまともに考えたら、生きていけないような気がした。
だからただ、一人でも生きていかなきゃいけないんだと、それだけ信じて歩き続けてきた。
いつの間にか、アイチが泣いている。
会いたかった。会ってほしかった。
両親とアイチがもしも出会えていたら、彼らは何を感じただろう。
似てるとか似てないとか、仲が良いとか悪いとか、きっともっといろんなことが、話せたはずなのに。
そんな夢想は、永遠に空想のままなのだ。
あの日失われた可能性。
あの日自分が失くしたもの。
(もう、会えない)
開かれてしまった扉の向こうは、寂しさと悲しみの涙で満たされていた。
* * *
どれくらい、そうしていたか分からなかった。
涙は永久になくならない気もしたけれど、泣き疲れたのかどうか、嗚咽は案外に収まってくれた。
ごしごしと腫れぼったい目をこすると、櫂の肩を抱いてアイチが心配そうに見上げてくる。
「……大丈夫?」
櫂ほどではないにしろ泣きはらした目で、アイチが言った。
「……ああ」
泣くだけ泣いて、さっぱりしたところが無かったとは言えなかった。みっともないところを見せたと思う隙も無いほど、素直な感情の表出だった。
アイチが一緒に泣いてくれたから、取り繕わないでいられた。
アイチが居てくれたから、泣き止んで帰ってくることができた。
心配をやめられないらしく、不安げに櫂を見つめたままのアイチに、櫂は口を開く。
「……今は、聞かないでいてくれるか?」
そのセリフは以前と変わらないようでいて、全く違うんだと櫂は思う。
踏み込まれるのが怖いんじゃない。
「うん」
うまく言葉に出来ない弱さも、アイチは許してくれると知ったから。
ありのままの自分を伝えていいんだと、やっと分かった。
(いつか、ちゃんと話せたらいい)
彼らがどんな人だったか、自分自身忘れてしまいそうで、けれど忘れられるはずのない記憶を。
それが空想に過ぎなくても、もし会えていたらどんな話をしたかだって、夢見ていいはずだから。
「……アイチ」
名前を呼んで、顔を上げたアイチの額に口づけた。
目を丸くしているアイチに、櫂は微かに苦笑して言った。
「俺も、お前が好きだ」
アイチの瞳が揺れる。
初めて聞くような顔で驚くアイチに、教えてくれたのはお前なのにと、櫂は少しだけおかしくなる。
もう一度、アイチの両手が櫂の両腕をぎゅっとつかんだ。
櫂はただ、静かに目を閉じる。
やわらかな呼吸が、そっと交わるのを感じた。
fin.
空気はだいぶ暖かくなってきて、ときおりやわらかな風が肌を撫でていく。絶好の午睡スポットとなった日向のベンチで、櫂は優雅に昼寝を楽しんでいた。
「――……」
不意に差した陰に、櫂が薄目を開ける。逆さに覗きこんだアイチと、目があった。
「……っ!?」
「ぅわっ」
思わず跳ね起きた櫂の額が避け損ねたアイチのそれを打って、鈍い音がする。互いにぶつけた場所を手でかばいつつ、しばし二人は無言で呻いた。
「……ごめん、櫂くん」
「いや……」
疼く痛みを堪(こら)えつつ、櫂がベンチから足を下ろす。腰かけた目の高さから、まだ額を押さえているアイチを見上げた。
「何してたんだ」
こちらも痛みに耐えているのだろう、アイチは涙目数歩手前で答える。
「通りかかったから、櫂くんいるかなって……」
いつの間に知れ渡ったものか、櫂がこの公園のベンチで昼寝をするのが日課らしいということは、カードキャピタル常連の中では常識と化していた。
とは言っても、広さも明るさも水も緑も、ついでにちょっとした野外ステージまであるこの公園に足しげく通っているのはアイチも同じで、ここが街でも有数の憩いの場というだけの話ではあるのだが。
「ここ、ほんとに好きなんだね」
「家が近いからな」
「えっ、そうなの!?」
思ったよりも驚くアイチの顔を見て、櫂は後れ馳せながら自分が漏らした情報の意味に気づく。
ありていに言って口が滑った。いや、あらゆる面で他人と関わりたくなかった一年前とは違い、別段詮索されるのでもなければ自宅を教えるくらいどうということもないのだ。本当に、それだけなら、それだけで済むのなら。
それだけで済まないとしたら、原因は自分なのだろうが。
不自然な間に、察したようにアイチが慌てる。
「あっ、いや、言いたくなかったら聞かないよ!?」
「まだ何も言ってないぞ」
「ご、ごめん!!」
この程度で気を遣われてしまうのが不甲斐ないという自己嫌悪で、微妙にぶっきらぼうになった声を、アイチは自分への不快感と解釈したらしい。勢いよく頭を下げたアイチに、櫂はいろんな意味でため息をつく。
「わけもわからずに謝るな。お前は何も悪くないだろう」
「けど……」
櫂くん、知られたくない話なんじゃないの?という視線に、櫂はとりあえずの対応を決断する。
「住んでいるのはこのあたりだ。それ以上は聞くな」
俺の心の整理がついてないだけだから。本当にただそれだけだから。それはお前が好きとか嫌いとか良いとか悪いとかそういうのとは一切関係ないんだから頼むからそういう勘違いはするな。
という櫂自身言葉では把握していない内心にはおそらく気づかないまま、アイチは戸惑いつつ頷く。
「う、うん、わかった」
会話が途切れる。さらに昼寝をするか、否か。
「……お前今日、予定は」
「え?えと、無いよ」
「ならカードキャピタルに行くぞ。ファイトしてやる」
「……あ、ありがとう!」
意外だったのか言葉を呑み込む一瞬の間の後、戸惑いながらもそう答えたアイチに、罪滅ぼしはこれでいいかと櫂はひとり納得する。
そんな思考になった原因の後ろめたさの存在だとか、それが一体どこから来るのかだとかには、まだ気づいていなかった。
* * *
それぞれの学校へと向かう学生達があちこち目に付く時間帯、そんな学生の一人だったアイチは、ひとつ大きなあくびをした。
「寝不足か?アイチ」
「あはは……ちょっとね」
井崎に指摘されて、アイチは曖昧に答えた。
「課題にでも追われてるのか?」
「そういうわけでもないんだけど……」
高校に進学してから、以前より課題に手こずるようになったのは確かなのだが、今回はそれが理由ではなかった。
「ふーん?」
そのまま深入りしないでくれる井崎に内心で頭を下げながら、アイチはため息をつく。
(……普通そう、だよね……)
寝不足の原因は、この間の櫂との会話のせいだった。
公園の近くに住んでいることを隠しはしないのに、それ以上は聞くなとシャットアウトされた。一年前なら単純に拒絶されていると思うところだが、そうじゃないということは、その後カードファイトにも誘ってくれたことからもさすがに分かる。
何かあるんだろうな、と流せば済むようなことなのだが――いつまで経っても、何があるんだろうというもやもやは去らなかった。
実はその後、思い切って三和にそれとなく聞いてみたりもしたのだが。
「櫂が住んでるとこ?知ってるけど……」
「公園の近くって本当?」
「うん。……て、えっ!?」
「あの、たまたま櫂くんが教えてくれたんだけど、それ以上聞くなって言われちゃって……」
「あー……まぁ、気にすんなって」
曖昧に笑った三和は、自分が知らない何かを知っているような気がした。
しかしそれを、櫂の許可なしに話すつもりはないのだろう。聞き出すにしても、どう聞けばいいのかアイチ自身よく分からなくて、結局引き下がったのだけれど。
三和に聞けないとなると櫂本人に聞くしかないのだが、それは既にノーを出されてしまっている。かといって、以前のように後をつけるのは、さらにマズいと言わざるをえない。
嫌がらせがしたいわけではないのだ。櫂が嫌がるようなことは、絶対にしたくない。
「………」
何もできないと分かっているのに、諦めきれないのは何故なのだろう。
正当なルートの閉ざされた中で、それでも知りたいと思ってしまう自分。完全な手詰まり状態で、自分は一体、何のために櫂のことを知りたいのだろう。
眉根を寄せたやりきれない表情で、不意に立ち止まった。
「?……アイチ?」
どうしたんだと呼びかける井崎にも、すぐには答えることができない。
けれど、そのままでいるわけにもいかなくて、アイチはぎこちなく笑った。
「……なんでもないよ」
きっと誤魔化せてなんていないだろうと思いながらも、そんな風にしか言えなかった。
そこからの道中、他愛ない会話をしながらも、心は上の空だった。
* * *
放課後に後江高校からカードキャピタルへ向かう際、櫂はしばしば三和と一緒に連れ立っている。特に約束をしているわけではなく、櫂を見かけた三和が誘ってそうなるのだが、アイチが進学してきてからは、その相手がアイチになったり三人になったりすることもあった。
「そういやお前、アイチにあの辺住んでるって教えたんだって?」
しかし今日はセオリー通りに三和と二人である。
振られた話題に、櫂は一瞬動揺しないわけにはいかなかった。
「……ああ」
ことさら気にしていたつもりはないのだが、それを三和が口にしたことで嫌な予感がした。
櫂の簡潔すぎる肯定にも慣れたもので、三和は言葉を続ける。
「なんか、詳しいこと聞きたそうな顔してたぜ」
別段不思議な話でもなかった。あんな半端な対応をすれば、気になっても仕方のない話だろう。
(だからといって、どうしろと言うんだ……)
三和に自宅を教えられたのは、彼が櫂の一人暮らしの事情を語らずとも知っているからだ。そこに触れない三和の気遣いにも、薄々気づいてはいる――自分がその話題を、頑なに避けているということには。
黙りこむ櫂に、躊躇いながらも三和が言った。
「……お前が言いにくかったら、俺が話してもいいんだぜ」
「やめろ」
低い声で櫂が制した。けれどそれに逆らうように、三和は言葉を続ける。
「別に全部喋ったりしねーよ。けどお前、絶対知られたくないわけじゃねーだろ?」
確かにそうだ。そうでなければ、今のは忘れろくらいのことは言ったはずだった。
アイチを拒絶したいわけではない。事情を話せないとさえうまく言えないなら、それを三和がアイチに伝えたとしても、特に問題は無いはずなのだ。
それでも――どうしても頷けないのは、何故なのだろう。
「……俺が」
口をついたその先は、しかし声にはならない。
「……俺が?」
聞き返した三和の声にも、やはり答えることはできなかった。
(……あいつには、俺が自分で言う)
それさえ言葉にはできないのに、それだけは譲れないのだと、自分が混乱していることにも気づかないままで櫂は考えた。
諦めたのかどうか、三和はそれ以上突っ込んではこなかった。
* * *
そんなこんなの数日後。カードキャピタルの自動ドアの前に立ったアイチが、何の意識もしないのに真っ先に見つけたのは櫂の顔だった。その櫂はドアが開く気配にか顔を上げて、必然的に目があってしまう。
「……っ」
数秒、確かに見つめ合った後、アイチは店には入らず、勢い良く来た道を引き返して走りだした。
絶対変に思われる、そう頭の片隅で思いながらも、櫂の目から逃れたくて必死だった。街ゆく人たちの流れに逆らうように、息を切らせて走り続ける。
別に櫂がどんな顔をしたというわけでもない。いつもと同じように冷静な目に、アイチが勝手に動揺しただけで、そこに拒絶するような何かを見たわけでもない。
アイチが怖かったのは、現実の櫂の目ではなくて――櫂はどんな顔をするんだろうという、自分のイメージのほうだった。
お世辞にも体力があるほうではなく、十分に離れたという感覚も手伝って、アイチは走るのをやめた。肩で息をしながら、人目がないのを確認してその場にしゃがみ込む。
軽く息を整えて、もう一度深くため息をつく。
「逃げちゃった……」
全く誤魔化しようがないほど完璧に逃げてしまった。そのことは軽く憂鬱ではあったけれど、それ以上に憂鬱な悩みの前には些細なことだ。
「……櫂くん……」
つい今しがた逃げてきた少年の名前を、切なげな声でアイチは呟いた。
本当は逃げたくなんかない。引き返せるものなら引き返して、何時間だって一緒にいたい。
公園の近くに住んでいると偶然教えてもらったあの日、たまたま通りかかったなんて言ったけれど、本当は、ただ櫂に会いたくてあそこにいた。額をぶつけるほどの距離で覗き込んでいたのだって、眠っている櫂の顔を近くで見てみたかったからだ。
ただ近づきたいとだけ、思っていられたらよかった。何も考えずにいられたら。
けれどあの日、櫂に触れてしまったあの日から、櫂の秘密にかすかに触れたあの日から――アイチの中で、純粋だったはずの好意が、確かな形を見つけてしまっていた。
どうしようもなく後ろめたい、欲望の形を。
(……櫂くん。僕、もう、ずっと、君のことが)
――好きなんだ。
* * *
「どうかしたのか?」
自分の後方を見つめていた櫂が表情を変えたのを見て、三和は尋ねた。
「……アイチが逃げた」
「へっ?」
思わず振り返ってみても、逃げたというものがそこに居るわけもない。
「逃げたって、なんでまた」
知らん、俺に聞くな。普段の櫂ならそう答えられただろうが、数秒見つめ合ってしまった事実がある以上、そう言い切ることはできなかった。少なくとも、逃げた原因は自分なのだろう。
自分を見て戸惑うような顔を見せて、そのまま逃げ出したアイチから、櫂は一瞬たりとも目が離せなかった。何故そんな顔をする、心でそう問いかけながら、見ていることしかできなかった。
(……何も聞くなと言ったせいか?)
「お前が隠し事してるせいか?だったらアイチが逃げることねー気がするけど」
渋い顔で考えこむ櫂と、ほぼ同じ事を三和が口にする。しかし櫂より踏み込んだ言葉通り、やはり疑問は残る。
「……気にしてんの?」
「……は?」
不思議そうに聞いてきた三和に、櫂は思わず間の抜けた声を出す。
ここで自分に問いかけられる意味が分からなかった。
「いやー?普通なら関係ないとかってほっときそうなもんなのに、えらく無口になってるからさ」
からかうような気配に、櫂はぶっきらぼうに返す。
「お前には関係ない」
「そうそうそれそれ――」
そこまで言った三和が、凍りつくように口をつぐんだことに、櫂は気づかなかった。
三和がそれっきり黙ってくれたお陰で、自分の考えに没頭してしまったせいだ。
誰よりも櫂を知る幼馴染は、そんな櫂の仏頂面を冷や汗を浮かべて見守っている。
(何故そんな顔をする。何故逃げる。俺は、お前のそういう顔は)
――嫌いだ。
* * *
一人自分の部屋に閉じこもって、アイチは悩みに悩んでいた。
櫂から逃げてしまった日以来、カードキャピタルには怖くて行けない。気晴らしに他の店に行ってみようかとも思ったけれど、生憎と櫂は決まったショップにこだわるタイプではないので、万が一顔を合わせてしまったらと思うと足はすくむ。
そうでなくても高校は同じなのだから、放課後逃げたところで昼間出くわす可能性のほうが本当は高い。しかし学年が違うから校内で避けるのは難しくないし、むしろ会いたい気持ちもあるせいなのか、学校まで逃げるのはなんとか踏みとどまっていた。
不意に鳴り響いたメールの着信音に、アイチは携帯を開く。
From:ミサキさん
Sub:元気?
最近見ないけど、元気してる?
今度店でカードスリーブのセールやるから、時間あったらおいでよ。
P.S.櫂があんた来ないの気にしてたよ。多分。
「……っ」
追伸に記載された文章に、アイチは息を呑んだ。その一文だけでうっかり涙が出そうだった。
櫂が自分のことを気にしてくれている。それだけで心動かされる自分を、もう誤魔化しようがない。
道はひとつしかないのだ。櫂が好きな気持ちを、今更変えられない。
選べるとしたら、進むか、戻るか、二つに一つだ。
櫂に好きだと言うか、言わずに諦めるか。
それを決めなければ、櫂だけではなくて、他の誰にも会える気がしない。
「………」
思いつめた表情で、アイチは携帯のキーを操作する。
To:ミサキさん
Sub:元気ですよ
ありがとうございます、元気ですよ。
スリーブ擦り切れてきてたのでよかったです、また行きますね。
P.S.櫂くんが
そこまで打って、アイチは一文字ずつ追伸の文章を消去した。櫂についてどんな風に書けばいいのか、まだよく分からなかった。
追伸には答えないままで、アイチはそのメールを送信する。
カードキャピタルには行くと言ってしまった。これでもう、うだうだ悩んでいるわけにはいかない。
悩んでいたいわけでもないのだ。嫌われたくないと悩んでも、その本人に会えないのではどうしようもない。
アイチにとって、それがどんなに重いものでも、選べる答えはひとつしかなかった。
* * *
放課後の公園は小学生やそれ以下の子どもたちが遊んでいることも少なくない。そんな子どもたちが和気あいあいと楽しんでいる場所からは少し離れたベンチに櫂がいるのは、今日に限っては日課だからという理由ではなかった。
普段あまり使わない携帯を取り出して、昨日受け取ったメールを確認する。
From:先導アイチ
Sub:櫂くんへ
こんにちは。
この間、逃げてしまってごめんなさい。
明日、公園で会いたいのですが、いつものベンチで待っていてくれますか?
アイチとはあの日以来全く顔を合わせることがなく、ミサキに聞いてみればカードキャピタルにも来ていないという話だった。このメールが来るまで確信は持てなかったが、どうやら自分が避けられていたということで間違いないらしい。
それが何故かとはあまり考えなかった。元々、考えても仕方のないことを考え込むタチではないし――というより、それをしてしまうと致命的な深みにはまるだろうと、無意識に危険を回避しているのかもしれないが――何より気になるのが、自分のことよりアイチ本人のことだったからだ。
何があったのかは知らないが、多分今日会えば分かるのだろう。そんな風に思いながら携帯をしまうと、思い描いていた少年がこちらに近づいてくるのが見えた。
櫂の視線に気づいたアイチが、怯むような表情で一瞬立ち止まりそうになる。相変わらずのあれは何なのだろうと櫂が眉間にしわを寄せると、アイチがますます泣きそうな顔になった。
普通に会話できる距離にたどり着く頃には、アイチはほとんど完全に俯いていて、櫂は軽い苛立ちを覚えてしまう。どう声をかけていいのか分からずにいると、思い切ったようにアイチが顔を上げた。
「あ、あの!」
眉を八の字にしたその表情は、泣いてこそいないがやはりどこか弱気な顔だった。
それを“凝視する”と言って差し支えない櫂の表情に、アイチが視線を逸らしてしまう。
「その、僕」
しかしそのままではいけないと思ったのか、もう一度アイチが櫂を見つめる。
懇願するような顔で、震えそうな声で、それでもはっきりとアイチは言った。
「櫂くんのこと、好きなんだ」
言われた意味がよく分からなかった。
目の前のアイチは、例えて言うならダメージチェックで六枚目のカードを開くような、ヒールトリガーに賭けるあの瞬間の、結果を見たくないような、儚い希望に縋るような、そんな目で櫂を見つめている。
そうじゃなくて、それは、その、もう少し、可能性を信じるとか、運命の裁きを待つとか、カードに願いを託すとか――
「……俺は、お前のそういう、情けない顔は見たくない……」
――そういう目だってあるだろう。
無表情のまま、抑揚のない声で漏れた言葉に、アイチの瞳からとうとう涙がこぼれた。
それを見た櫂の動揺には気づかないまま、アイチは溢れる涙を拭いながら言葉を紡ぐ。
「ごっ、ごめっ、ん……ね?そうだよね、ごめん……」
きもちわるいよね。アイチはそんなことも口走っていて、さっきのセリフを断りと受け取ったのだろうと、頭のどこかは冷静に判断しているのに、何が起こっているのかの理解が追いつかない。
アイチは何を言って、自分は何を答えて、何故アイチは泣いているのか。断片的には認識しているのに、それは砕けたパズルのピースのようで、意味のあるイメージにならない。今この現実が異様に遠い。悲しいかな無表情のままで、その感覚がアイチに伝わるわけもなく。
泣きじゃくるアイチを前にして、何か間違っている気がすると、櫂の中で焦りが高まっていく。
「……ごめん、帰るね。ごめん……」
くるりと背を向けてアイチが走り出す。
行ってしまう、それだけを理解した瞬間、櫂は叫んでいた。
「――っ、待て!!」
その声に、硬直するようにアイチが立ち止まる。
櫂はアイチに歩み寄ると、右手でおもむろにアイチの左手首を掴んだ。
弾かれたようにアイチが櫂を振り向く。
「えっ……」
驚いているアイチに、何を言えばいいかは分からない。だから無言のまま、櫂はその手を引いて歩き出した。有無を言わさぬ勢いの櫂に、どこへ行くのとさえ聞けないアイチは、半ば引きずられるようにしてその後についていく。
険しい表情をした櫂の頭の中は、こんなことになったのは自分の家を隠しているせいだという、プロセスを何段階も巻き戻した結論で一杯だった。
* * *
アイチは振られたのだと思った。元々イレギュラーなこの想いが叶うなんて露程も信じられなくて、本当にただ好きだと言うだけで精一杯だった。そんな自分は確かに情けない顔だろうと理解できるし、そんな顔は見たくないというのも分かる。そして好きだと言ってそんな返事をされたら、普通は振られているはずだ。
しかし、それなら何故、櫂は自分を引き止めて、どこかへ連れて行こうとするのだろう。
公園からそう離れていない、見たことのないマンションに、どうして櫂に連れて来られているのだろう。
(なんで、ここ、どこ、なんで)
思い当たる選択肢など一つしか無い。ここで三和の家だとか適当になんとなく来ただとかそういう可能性はさすがに低いだろう。
迷いのない手つきでロビーのロックを解除して、エレベーターを呼んで何階だかのボタンを押して、そんな作業を――作業としか言いようがない――ひたすら黙々としている櫂に、「もしかしてここが櫂くんの……?」などと聞ける度胸はアイチには無い。
聞かなくても、櫂が「櫂」というネームプレートの部屋のドアを開けたのだから、櫂の家なのは間違いなかった。
「入れ」
玄関先で靴を脱ぎながらそんなことを言われて、言われるがまま自分も中に上がる。
そこはアイチが持っている家のイメージよりずっと小さくて、人が住むにはひどく殺風景な気がした。
カーテンの向こうからうっすらと日が差す小さな部屋の真ん中で、ぽつんと立ち尽くす櫂の背中に、アイチもまた身の置き所を見つけられず、立っているしかない。
「あ、あの……」
手を伸ばせば届く距離へと近づいて、おどおどした調子でアイチが声をかけると、櫂はゆっくりと振り向いて、どこか苦しそうな顔で言った。
「……何故、そんな顔をするんだ」
何故と聞かれても、それは君に嫌われるのが怖いからで、振られたからで。それと今は、どうしてここに連れてこられたのかさっぱり分からないからで。
そう答えることもできたはずなのに、アイチにはそう言えなかった。
何か、違う気がする。櫂が求めている答えは、そういうことじゃない気がする。
櫂も似たようなことを考えているのかもしれない。例えば――そんなことが言いたいんじゃない、とか。
その証拠に、答えないアイチにも、櫂は急かすようなことはしない。
「……俺は」
呟いた声には、自問自答する響きがあった。櫂の中でこだまする声。
(櫂くん……?)
急激に、アイチは空気が変わるのを感じた。張り詰めていた緊張が取れて、さっきよりも肩の力が抜ける。
苛立ちの気配が消えた。戸惑いは残っているけれど、それはどこか優しさにも似ていて。
「……アイチ」
囁くような声だった。
どことなく困惑するような、櫂のそんな表情は初めて見る。
「何故そんな顔をする。お前は、どうすればそんな顔をやめるんだ。俺はどうすればいい?」
噛みしめるように告げられた言葉。
言葉の意味を理解するよりも早く、その声はアイチの心に届いた。
ゆらゆらと不安定なぬくもりが、不器用にアイチを抱きしめる。
彼はずっと、こんな想いを抱えて彷徨っていた。
内側から湧き上がってくる不思議な感覚に、アイチは半ば操られるようにして言葉を紡いだ。
「……櫂くん、僕のこと好きなの?」
放心したように、表情の抜けた顔で素朴に聞いたその質問は、頭で考えたら絶対に出てこないようなセリフだった。
ただどうしてか、それを言うのに躊躇いは無かった。
しかし櫂は、疑問符を浮かべた顔でアイチを見つめている。
「アイチ?」
いや、聞いているのは俺の方なんだが、そんな顔。
じわじわとアイチの中に実感が湧き上がってくる。
櫂くんは。
分かってない。
間違いなく。
――混乱している。
「――っ、大事なことだよ!」
腑に落ちた瞬間、吹っ切れたようにアイチは叫んだ。
「僕は!君のこと好きだから、こんな顔、しちゃうけど!でもそれは、櫂くんのせいじゃなくて」
つっかえつっかえの言葉になっても構うものか。今どうしても、櫂に分かってもらわないといけないことがある。そんな熱に浮かされて、アイチは必死で言葉を紡ぐ。
「仕方ないんだ。君が僕のこと、好きじゃないなら。僕は、それでもいいから」
そんなアイチを、櫂はただ呆気にとられたまま見つめている。ちゃんと伝わっているだろうか?不安が頭を掠めても、止まらない――止まれない。
「だから、間違えないで。僕のことは、気にしないで。君は、僕のこと、好き、なの?」
言い終えて、アイチの浅い呼吸だけが空気を揺らす。
それも静まり返った中で、アイチは櫂を見つめ続ける。
想いは伝わっただろうか。櫂は分かってくれただろうか。
祈るように見つめるアイチの前で、不意に、櫂が、動いた。
「……ちょっと、待て」
ほんのりと赤く染まった頬を隠すように、櫂は右手で口元を覆った。
その表情に、その仕草に、アイチが目を瞠る。
それを見るまでは、櫂に「恥ずかしい」などという感情はあまりにも不似合いだと思っただろう。思っただろうが。
紛れもなく櫂は照れていた。
そうか、そういうことか。アイチの言わんとしたことをようやく理解したらしい櫂のリアクションを前に、ただでさえ一杯一杯だったアイチの中で、暴発するように何かが切れた。
「……櫂くんは、時々、凄い無茶、言うよね」
自分でも驚くほど低い声が出た。
つかつかと歩み寄って、櫂の肩を上から押さえるようにして無理やり座らせる。
驚いてアイチを見上げる櫂の顔に、けれど嫌悪は浮かんでいなかった。
(いいんだ)
何がいいのかと聞き返すはずの理性は完全に沈黙していた。
のしかかるように跪(ひざまず)いて、頭の上から足の先まで舐めるように睨めつける。
視界がぼんやりとしているのは、櫂の肌が白くて眩しいからだろうか。首筋に吸い付きたくて、なんか邪魔だなぁと櫂が着ているシャツのボタンを上から二つ三つ外した。さすがに櫂が身じろぐ気配がしたけれど、舌を這わせた肌からは息を呑む感触がダイレクトに伝わってくる。
両手が手持ち無沙汰で、もうちょっと触りたいなとシャツの裾から手を入れて背中をなぞった。温かな素肌の感触が心地良い。
「――っ」
櫂の両手がアイチを引き剥がした。
背中に回したままだった手を引き抜いて、アイチは大人しく身を引いた。
数回目を瞬かせている間に、すぅっと、遠ざかっていた意識が戻ってくる。
「……櫂くん、僕、櫂くんの全部、ほしいみたい……」
否、まだ正気とは言いがたかったかもしれない。
放心したままのアイチの呟きに、櫂も同じような状態で答えた。
「……そ、そのうちな」
櫂も多分、半分くらい正気ではなかった。
* * *
お手洗い借りてもいいかな、そう言ってアイチは席を外した。
微妙に気まずそうにしていた理由については、櫂はできるだけ考えないことにした。正直まだ、冷静に受け止められそうにない。
告白された瞬間から、頭は真っ白だった。お陰で要らないことを口走って誤解させたけれど、勢いに任せてアイチをここに連れてきたのは間違いではなかったのだろう。妙な言い訳がなくなった分だけ、思考はクリアになった。
アイチの弱気な顔を見たときに感じる苛立ちは、アイチに対して以上に、そんな顔をさせている自分に対してのものだった。こちらの機嫌を伺うような真似をさせたくなかったし――何より、自分のことを信じて欲しかった。そのためにどうすればいいか分からなくて、自問するようにアイチに問いかけたけれど。
アイチは、それは当然だと言い切ったのだ。好きだから。それに対する答えが知りたいんだと。それが良いものでも、悪いものでも。
結局アイチはその答えを、櫂が見つけるよりも早く見つけてしまったけれど。
そしてそれから――
「………」
――それからあったことを思わず全力でイメージして、櫂は内心で頭を抱えた。
全く抵抗できなかった。“する気が起きなかった”と言ってもいいのだろうが、とりあえずできなかった。
自分を見つめるアイチの瞳に、呪縛されたように動けなくなった。熱いような、冷たいような、崇拝のような、支配のような、不思議な瞳。両極の狭間に囚われるように、自由を奪われた。
首筋をなぞる舌も、背中に触れた手もひどくリアルで、あのままでいたらどこまでも堕ちていけそうな気がした。
(……怖いな、あれ……)
アイチがアイチじゃないようで、自分が自分じゃないようで、とにかく怖かった。だというのに、そこから逃げようとしない自分というのも、今思い返せば恐ろしくて仕方ない。
(……そのうちってなんだ)
全部欲しいと言われて、確かに自分はそう答えたのだ。
半分も頭の回らない状態で答えたその答えは、それでもあの瞬間の本心なのだろう。
そうは言っても、アイチも自分も、どこまで正気だったのか分かったものじゃない――などと考えるのは、現実逃避なのかどうか。
ともあれ櫂がそういう結論で思考に無理やり蹴りをつけるのと時を同じくして、アイチが部屋に戻ってくる。
なんとか落ち着きを取り戻したらしいアイチは、複雑そうな顔で問いかけた。
「あの、聞いていいかわからないんだけど……一人暮らし、なんだね」
この家に櫂以外の誰が住んでいる気配も無いことは、少し見ればわかることだろう。何か知りたいというよりも、ただ確認したいだけのアイチに、櫂は頷くだけでよかった。
「……ああ」
櫂が答えたこと自体に、アイチはほっとしたようだった。
「……そっか」
それでも、明らかになったことがそうあるわけでもない。その裏に隠れている事情を察するには、まだ情報は少ないと言っていいだろう。
それを追求するつもりはないらしいアイチは、誰にともなくぽつりと言った。
「……会ってみたかったな」
――時が、止まった気がした。
ひょっとしたら、声に出すつもりはなかったのかもしれない、アイチの呟き。
誰に、なんて、聞くまでもなかった。
「……っ」
視界がぼやけて、呼吸が苦しくなる。
自分の瞳から、馴染みのない液体があふれている。
「……か、櫂くん」
せり上がってくる嗚咽が抑えきれなくて、何度拭っても涙が止まらない。
押し殺せない嗚咽はいつしか、堰を切った号泣に変わって。
「ごめん、ごめんね?」
慌てて抱きしめるようにして宥めてくれるアイチに、弱々しく首を振ることでしか答えられない。
ずっと、考えないようにしてきた。
失ったもの、失われたもの。
それをまともに考えたら、生きていけないような気がした。
だからただ、一人でも生きていかなきゃいけないんだと、それだけ信じて歩き続けてきた。
いつの間にか、アイチが泣いている。
会いたかった。会ってほしかった。
両親とアイチがもしも出会えていたら、彼らは何を感じただろう。
似てるとか似てないとか、仲が良いとか悪いとか、きっともっといろんなことが、話せたはずなのに。
そんな夢想は、永遠に空想のままなのだ。
あの日失われた可能性。
あの日自分が失くしたもの。
(もう、会えない)
開かれてしまった扉の向こうは、寂しさと悲しみの涙で満たされていた。
* * *
どれくらい、そうしていたか分からなかった。
涙は永久になくならない気もしたけれど、泣き疲れたのかどうか、嗚咽は案外に収まってくれた。
ごしごしと腫れぼったい目をこすると、櫂の肩を抱いてアイチが心配そうに見上げてくる。
「……大丈夫?」
櫂ほどではないにしろ泣きはらした目で、アイチが言った。
「……ああ」
泣くだけ泣いて、さっぱりしたところが無かったとは言えなかった。みっともないところを見せたと思う隙も無いほど、素直な感情の表出だった。
アイチが一緒に泣いてくれたから、取り繕わないでいられた。
アイチが居てくれたから、泣き止んで帰ってくることができた。
心配をやめられないらしく、不安げに櫂を見つめたままのアイチに、櫂は口を開く。
「……今は、聞かないでいてくれるか?」
そのセリフは以前と変わらないようでいて、全く違うんだと櫂は思う。
踏み込まれるのが怖いんじゃない。
「うん」
うまく言葉に出来ない弱さも、アイチは許してくれると知ったから。
ありのままの自分を伝えていいんだと、やっと分かった。
(いつか、ちゃんと話せたらいい)
彼らがどんな人だったか、自分自身忘れてしまいそうで、けれど忘れられるはずのない記憶を。
それが空想に過ぎなくても、もし会えていたらどんな話をしたかだって、夢見ていいはずだから。
「……アイチ」
名前を呼んで、顔を上げたアイチの額に口づけた。
目を丸くしているアイチに、櫂は微かに苦笑して言った。
「俺も、お前が好きだ」
アイチの瞳が揺れる。
初めて聞くような顔で驚くアイチに、教えてくれたのはお前なのにと、櫂は少しだけおかしくなる。
もう一度、アイチの両手が櫂の両腕をぎゅっとつかんだ。
櫂はただ、静かに目を閉じる。
やわらかな呼吸が、そっと交わるのを感じた。
fin.
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K玲(仮名)のハンドルで主にヴァンガードSSを投稿しています。日記に載せたのを後日修正転載が基本。
pixivからこのサイトにはリンク等を貼っていません。あんな大手SNSからこんなコアなサイトに直接飛べるようにする勇気無いです\(^o^)/
あと最近転載しているTwitterはpixivのプロフから飛べます。非公開中です。なんでそんなめんどくさいことしてるんだなんて聞かないであげてください。コミュニティごとに人格切り替えないとパニックになるタイプなんだよ!!(明らかに最初にpixivとHP切り離したのが敗因)
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